天商を卒業して早や58年、後期高齢の76歳となりました。
天商の思い出といえば、吹奏楽部の「全国大会優勝」、これに尽きると思います。
私達は「打倒天理!」の標語を部室に掲げ、毎朝それを眺め、読み、それから音出しをしました。私と(私はバスパート)クラリネットの内田君とは、何時もどちらが先に音を出すか争っていました。ある夏休みの朝、始発に乗って天商に行き、宿直の木山先生を叩き起こした事もありました。そんなこんなの猛練習と優秀な指揮者の泉 庄右衛門先輩、また日頃の練習を忙しい中、身銭を切って私達の練習を見て頂きました的場先輩、小梶先輩方のお陰で関西大会で天理・明星の両校を破り「全国大会室蘭」に行くことが出来ました。
全国大会に行くに当たり、大阪市音楽団より楽器を貸して頂くことになりました。私もチューバを貸して頂きました。何とそれは大正元年製作のチューバであったのです!本当に有難いことでありました。そういったいろんな方々のお陰で全国大会も優勝することが出来、本当に感謝でありました。
その時の記事に「審査員は勿論、聴衆全部がカタズをのんでせきとして声なき迄引きつけた演奏をした。全く見事だ。再びこれだけの演奏が出来るだろうかと思った。部員の一致協力が今日の栄冠をもたらしたものと思い、深く敬意と賛辞をおくりたい。」と結んでありました。この記事を私達はこの約60年間勲章としているものであります。
追伸
思い出話の中に書かせて頂きました小梶先輩…昨年の12月3日にお亡くなりになられました。謹んで哀悼の意を表します。
私達、ジェリコ会のメンバーにとって忘れがたき先輩でありました。あの優しい笑顔で私達の未熟な練習を指導して下さり、全国大会まで導いて頂きました。心から感謝申し上げます。安らかに成仏されんことをお祈り申し上げます。
「小梶さん 安らかにあれと君を泣く 優しき笑顔の兄なればこそ」
「善一さん その名ふさわし生涯よ 傘寿は早し も一度会いたき」
(花亀 良彦 記)